宝篋印塔泥塔 伊勢立野出土
- 地域/時代 日本 / 鎌倉時代
- サイズ H8.5×W4.4×D4.2㎝
- 状態 相輪部に折れ
- 付属品 桐箱
- 品番 2ko-54
宝篋印塔は内に宝篋印塔陀羅尼を納めたことがその名の由来です。その源流は、10世紀中国の呉越国の王、銭弘俶(せんこうしゅく)がインドの故事にならい八万四千の小塔を国内外に配ったことに始まります。無数に造られた小さな塔に祈りを託すという思想は、宝篋印塔の形式とともに日本に伝わり、こうした泥塔の造立へと展開しました。

現在の三重県松坂市に位置する伊勢飯南郡松尾村から多く出土した泥塔は、宝篋印塔系の仏塔として最初期のもので、軒先に段差を作らないこと、基壇が低く設けられることに造形的な特徴があります。
出土泥塔の多くは、長い年月のあいだに風化し、角が取れ、全体にやわらいだ姿となっています。けれど本作には、宝篋印塔特有の幾何学的でシャープな造形感が、今なおよく残っています。笠の反りや塔身の立ち上がりに、造られた当初の緊張感が感じられます。

塔身四面には月輪を配し、その中に如来坐像を印型で押捺しています。
くっきりと浮かび上がり、表情まで読み取ることができます。
小さな面の中に収まったその姿は、どこか素朴で、思わず見つめてしまうような愛らしさ…ふっと心が和らぐ瞬間が感じられないでしょうか。

底面には舎利孔が設けられています。内部に舎利を納め、土中に埋納された塔であったことを示す大切な痕跡です。祈りとともに地に託された存在であることが伝わってきます。

なお、相輪部分は一度折損し(下から二段目)、後に取り付けられています。出土品としては自然な経過といえるもので、むしろこの塔が辿ってきた時間を物語る一部ともいえるでしょう。
小さな泥の塔ですが、造形の緊張と、仏のやわらかな表情とが同居しています。理知的なかたちの中に、どこか人の手の温もりが残る一点です。
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